企業システムとユニバーサルデザイン
通勤の往復で『「誰でも社会」へ―デジタル時代のユニバーサルデザイン』を読んだ。一日で読めるとはなんとお手軽。
ユニバーサルデザインって、数年前に社内の新規事業アイデア公募で「自社の提案に必ずユニバーサルデザインを盛り込むっつーのはどうです?」と提案して、もののみごとに丁重にお断りされた経験がある。その頃もっと張り切ってたら、もしかしたら著者である関根千佳さんに会いに行ってたかもしれない。
バリアフリーは、まずターゲットの人たちに向けてデザインし、その後で対象外の人にも広げていくこと。
これに対してユニバーサルデザインは、もっとも障害のある人間でも使えるように最初からデザインすること。
分かりやすくて優しい文章の中に、はっとさせられる文があった。
「最初から画像を見ない超ハイパーなネットワーカーのニーズと、視覚障害者のニーズは一致しているし、片手に電話を持ってキーボードだけでデータを探したいビジネスマンのニーズと、片麻痺の方のニーズは一致しているのだ。」
そうなのだ!完全な人間がいないように、「健常者」もまた障害者なのだ。
障害者に対する壁は、まだ大きく存在している。しかし障害者の姿という分かりやすいものしか見えないのも、視野が狭いというものだろう。
ユニバーサルデザインやバリアフリーの考えが企業システムの設計で議論されているのを見たことがない。
メーカーは自社のサイトで大々的に謳ってはいるが、現場レベルではまったく話を聞かない。
たとえば色盲の人たちに対する配慮をしているだろうか。
ダム端末の画面は黒地に緑色の文字だが、エラーが赤色で表示される。
株価ボードは緑と赤で示される。
会議の資料に載せた表は、セルの色の違いだけで差を表現している。
ちょっと文字を添えてあげるだけで、色盲の人を困らせることがなくなる。
色盲は通常生活にそんなに困難をきたさない。会社でも周りにいくらかいることだろう。しかし当人達はあえて言わないだけで、さっき述べたような状況に出くわすと困った顔をする。
僕はとりわけ色盲の人がどう感じるかについて敏感になることが多い。
それは、学生時代の友人が原因だ。
対戦落ち物ゲーム「ぷよぷよ」を彼と初めてプレーしたとき、彼は「こんなん分かるかよ!色盲をばかにしてんのか」と言った。
なるほどその通りだ。画面上部から落ちてくる「ぷよ」は色でしか判別できない。細かく見れば色によって形も異なっているのだが、分かりにくすぎる差だ。
何か新たにインタフェースを設計するとき、色のコントラスト、とりわけ緑と赤の差を考える癖がある。
本当ならもっと色々と考慮すべき点はあるのだが、いかんせん自分の経験の範囲でしか考えられず、自然に出てくるのはこれが精一杯だ。
ユーザー(いわゆるペルソナ)をどこまで具体的に想定できるかが、よいデザインを生むもとになる。
「誰のためのデザイン?」と問われて「あなたのためのデザインだよ」と答えたいが、自分の中の“あなた”は、なるべく多く揃えておきたい。

